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中間支援と私

青木 孝弘

2010年09月02日

今からちょうど10年前の平成128月、私はワシントンDCでの1年に亘るNPO勤務を終えて帰国した。日米センターのNPOフェローとして赴任したワシントンDC では、NPOの中間支援組織であるワシントンコミュニティ団体連絡協議会に所属し、運営支援、ネットワーク構築、地域力向上業務に関った。毎週金曜日の午後、私の世話人であるベッツィ・ジョンソン事務局長との談話は、NPO支援の考え方から日米の教育論、社会比較までに及び、私の人生にとってかけがえのない学びとなった。彼女の信条は、「1つの大規模NPOより、小さくとも100の草の根NPOが伸びる社会に」で、この言葉が帰国後10年の活動の糧になっている。

 私はもともと地域開発に関心があり、フィリピンや英米の開発の現場を歩いているうちに、数々のNPOに出会い、自分もいつしか地域づくりのNPOで働くことを選択した。とはいっても、NPO法誕生前夜の日本の状況は、確かに阪神淡路大震災を契機としたボランティア活動の盛り上がりや、福祉分野での地域助け合い活動の全国的な広がりがあったものの、公益事業体としてのNPOについては、ほとんど情報がなかった。そこで、アメリカではNPOを支援するNPO、つまり中間支援があると知り、太平洋を越えたのだった。

 帰国後、私はその成果を日本で活かすにあたり、以下のような全体目標と3つの活動目標を立てた。

全体目標:広域的でボトムアップ的なNPO支援を発展させること。

(1)コミュニティの発展のためNPOのネットワーク化を推進し、重層的なNPO支援体制づくりをめざす。

(2) トップマネジャーからボランティアまで幅広く研修機会を提供するとともに、行政単位を越えた広域的なNPO交流を促進する。

(3) 小規模NPOIT分野で支援する。

 平成15年、家庭の事情から活動の拠点を名古屋から山形に移すことになったものの、ベッツィ氏がいつも強調していた「小さくても自ら社会を変えていく第一歩」を、新たな仲間と踏み出した。現在、私が事務局長を務める長井まちづくりNPOセンターは設立7年目を迎え、最上川舟運の歴史資産を生かした地域再生に一歩一歩前進している。そして今年5月、「おきたまネットワークサポートセンター」が地域を愛する多くの方々のご尽力で設立され、私も微力ながらお手伝いさせて頂けることに心から感謝している。10年前に立てた自分自身の目標は、色褪せないばかりか、今ますますはっきりと視界の中に見えている。

平成22830日執筆

青木 孝弘

青木 孝弘

(特)長井まちづくりNPOセンター 事務局長

長井市生まれ。
平成11年、日米センターのNPOフェローとして、ワシントンDCのコミュニティ団体協議会で勤務。ここでNPO活動の基礎を学ぶ。平成13年、名古屋地域のまちづくりNPOで事務局次長として勤務。平成15年に長井市に帰郷し、翌16年「長井まちづくりNPOセンター」を設立。同時に西置賜地域の11のNPO法人からなる「ながい置賜NPOネットワーク」を設立支援し、事務局長を兼務。以後、様々な企画を考案し、長井市の活性化に大きく貢献している。